高岡の「伝統の技」

高岡の「伝統の技」

高岡銅器

慶長14年(1609年)、加賀藩2代藩主前田利長公は高岡に城を築き、産業振興策として7人の鋳物師を呼び寄せ、現在の金屋町に住まわせました。やがて職人たちは銅器鋳物の技術を導入して仏具や装身具を作り始め、梵鐘などの大型銅器の製作も行うようになりました。明治期には海外で行われた万国博などに多数出品し、好評を博しています。
現在、高岡銅器は、銅像、置物、茶器、花器など多様な製品を生産し、全国シェア90%以上を占めています。高岡市中心地にある高岡大仏は、高岡の銅器製造技術の粋を集めて作られました。
高岡銅器は、鋳造品に象嵌、彫金、着色、研磨などの加飾を施しますが、それらの職人が集積しているのが特長です。
鋳造は、大きさや形などの違いによって、焼型、蝋型、生型などさまざまな技法によって作られます。

高岡漆器

高岡漆器は、前田利長公が武具や箪笥、膳などの日常生活品を作らせたのが始まりです。その後、中国から技法が伝えられ、彫刻塗、螺鈿、錆絵などの技術が生みだされました。
薄貝を使って虹色の輝きで図案を描く青貝塗や、鯛などを彫り込んだ立体感のある彫刻塗などが代表的なものです。盆や茶道具、室内調度品などが作られています。
毎年5月1日、市内を巡行する高岡御車山は、高岡の漆工の技を集結して作られたとされ、豪華絢爛な姿に圧倒されます。

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